前回のブログの続きです。
読んでない方はコチラをどうぞ。

「猛獣と猛獣使いの愛と激情の日々」

 

最初から読みたい方はコチラをどうぞ
「厳しい母と暴力的な父に育てられると子どもはどうなる?」

 

当時の私は母の事は大嫌いだったので
電話もしないし、長期の休みに実家に帰らない

という調子でした。
ただ7つはなれた妹とは仲良しだったので
彼女に会いたいためだけに帰ると言う感じ。

 

だから、実家に帰ってもほとんど母と
過ごす事はなく、

彼女がでーんと居座る居間には

居心地が悪いので当然いつかず。

 

妹としゃべるためだけに二、三日行く

って言う感じでした。

 

そんな調子だったのにいきなり帰ってきて
「お母さん、私、心理学を勉強して
色々と分かったんだけどさー

 

お母さん、厳しかったでしょ。
褒められた記憶もないし。

いっつも、勉強勉強って言われてさぁ。

 

本当はお母さんに
優しくされたかったし、
愛されたかったのに
それが全然なくて・・・」

 

って、ものすごい勇気を振り絞って
言ってみました。

 

それが彼女から返ってきた言葉が
「あんた、何寝ぼけたこと言ってんの?
心理学勉強してるんだったら
自分で何とかしなさいよ。

 

そんなに偉そうに言えるんだったら
もう大人なんだから、自分のことは
自分でどうにかしなさい。
何のために心理学、勉強してんの」

 

ガーン
その時の事はよく覚えていません。
泣いたのか?
怒ったのか?
逃げ出したのか?

 

今まで言いたくても言えなくて
つらくて苦しかった想いを全部吐き出して
お母さんに受け止めてもらって
抱きしめてもらって
「洋子、ごめんね、つらい思いをさせたのね」

って謝ってほしかったのに。

 

返ってきた言葉が

心理学勉強してるなら自分で何とかしろ

 

これは自分でも予想してなかったので
かなりショックでした。

 

当時は母親に自分の気持ちをぶつけたら
相手に伝わって和解してわだかまりが
溶けるって思ってたんです。

 

母親の敷いたレールを
(彼女の思い通りではなかったけど)
いつの間にか歩いていた私は
自分の道を自分で切り開いて歩く
と決めました。

 

そのための手段が母と向き合うこと
だと思っていましたが、
これにはステップがあって
私はまだその段階じゃないことも
後で学びなおして分かったことでした。

 

そして同じ頃、父と2人でイギリスに
遊びに行く出来事がありました。

 

私はパパっ子だったのと
彼は耳が聞こえないこともあって
「私がお父さんの耳になる!」
と、意気込んで出発したのを覚えています。

 

記憶の中の父は私の話しをよく聞いてくれて
「洋子はおもしろい」と何でも褒めて
受け入れてくれるはずでした。

 

ところが実際は飛行機の中で
自分がイギリス旅行のために
どれだけ資料を集めて、
何をどんな風に調べたのかを
延々と自慢しまくり。

 

当時はネットなんかもちろんないから
海外旅行の情報はガイド本と
観光局に行って自分の足で調べるしか
方法がなかったんです。

 

「こんなの何になるの?」っていうような
りんご一個の値段とかまで調べてて。
私自身は行きたい場所の
ピックアップ位しかしていなかったので
相当バカにされました。

 

「そんな所に行って何になるんだ?」
「わざわざイギリスに行くのに
〇〇に行かないでどうする?」
「絶対に〇〇には行くべきだ。一緒に行くか?」

 

うんざりしました。
私の大好きなお父さんは、どこに行った?

 

そして綿密に練りに練った旅行スケジュールを
全て書いてある手帳をなくして、イミグレで
大騒ぎして、見つからず撃沈。

 

耳が聞こえないために出国審査でも手間取って
見かねた私が自分の審査を終えた後に

許可を得て助けに行きました。

 

すると、父から言われた言葉が
「洋子はオレのおかげで出国審査をしないで
すんだな。感謝しなさい」

 

って、コラー!
どこの世界にそんなのがあんだぁ!!

 

手帳をなくしてから撃沈している父は

あんなに馬鹿にしてたのに

私についてくると言い張るし。

 

それから約10日くらい、父と2人きりで
初めての旅行(しかも海外)は
楽しいことも沢山あったけど

 

どこでもすぐに怒鳴り散らす父の
尻拭いをものすごくしていました。

この時に私は今まで
理想の父の幻影を見ていたことが
よーく分かりました。

 

父が母を殴るのは、母も悪いと思っていたんです。
彼女がお父さんを逆なでするような言い方
態度をするからいけないんだって。

 

今考えると、二つの出来事は私にとって
過去の幻影への旅だったのかもしれません。

 

『こうだったら良かったのに』
『もしあの時こうだったら、

今の私は違っていたのに』

と言う過去と別れるための旅です。

 

帰ってきてから私は、毎日毎日泣きました。
幹生にも全ての出来事を話し
どんなに自分がイヤだったか、

悲しかったか、なさけなかったか

 

傷ついて、泣いて、落ち込んで、話して・・・

その繰り返しの日々をかなり長く過ごしました。
でもそれが癒しの大切なプロセスだったんです。

 

それを受け止めて、ただ聞いてくれる幹生。
私は少しずつ『この人は本当に私を
愛しているのかもしれない』と
信じられるようになっていきました。

 

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サボってると、愛されないよ!

 

 

 

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